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釧路地方裁判所 昭和48年(わ)122号 判決 1973年11月09日

被告人 慶洋水産株式会社 外一名

主文

被告人鈴木を懲役一〇月に、被告会社を罰金一八万円に各処する。

この裁判確定の日から被告人鈴木に対し三年間右刑の執行を猶予する。

被告会社から釧路地方検察庁で保管中のさけ・ます換価代金三、四八一万二、七四四円(昭和四八年検領三五三号の18)、筋子換価代金一四万二、六〇〇円(同号の19)、筋子換価代金一四万二、六〇〇円(同号の20)を各没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社慶洋水産株式会社は、漁船第三三慶洋丸(総トン数六九トン六一)を所有し同船により漁業を営み、西経一七五度以西で且北緯四五度以南の、日ソ漁業条約付属書(昭和三九年四月二八日調印)にいわゆるB区域における中型さけ・ます流し網漁業の農林大臣の許可を有する者、被告人鈴木清治は右漁船の船長兼漁撈長であるが、同被告人は右被告会社の業務に関し、昭和四八年五月一一日ころから同月三〇日までの間、右許可された操業区域を越え、概位北緯四九度乃至五四度、西経一四六度乃至一五九度付近の太平洋において前後約一五回にわたり、同船により流網約二〇〇反ないし八八〇反を使用してさけ・ます約三一、二九〇キログラム(約二二、〇〇〇尾、三、五〇九万七、九四四円相当)を採捕したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人らの判示所為は漁業法五二条一項、漁業法第五二条第一項の指定漁業を定める政令一項一三号に違反し同法一三八条四号、一四五条に該当するので被告人鈴木に対し所定刑中懲役刑を選択し、その各所定刑期の範囲内で被告人鈴木を懲役一〇月に、被告会社を罰金一八万円に処し、情状により被告人鈴木に対し、刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、漁業法一四〇条により被告会社から、釧路地方検察庁で保管中のさけ・ます換価代金三、四八一万二、七四四円(昭和四八年検領三五三号の18)、筋子換価代金一四万二、六〇〇円(同号の19)、筋子換価代金一四万二、六〇〇円(同号の20)を各没収する。

(弁護人の法律上の主張に対する判断)

被告会社は本件犯行当時、西経一七五度以西、北緯四五度以南の、昭和三九年四月二八日調印の日ソ漁業条約付属書にいわゆるB区域における中型さけ・ます流し網漁業の許可を有しながら、右許可の範囲を越え、罪となるべき事実欄記載のとおり、北緯四八度以北で且西経一七五度以東の海域において操業したものであるが、検察官は被告人らの行為が、いわゆる無許可操業として、漁業法五二条一項、一三八条四号に該当すると主張するのに対し、弁護人は、本件は右漁業法違反罪の特別法で、北緯四八度以北の中型さけ・ます流し網漁業を禁止した指定漁業の許可及び取締り等に関する省令六八条違反罪に該当し、右漁業法違反罪に該当しないと主張するので判断する。

一、我国におけるさけ・ます漁業取締の沿革

(一)  戦後日本の沖取さけ・ます漁業は、一九五二年(昭和二七年)四月二五日の連合国総司令部覚書によるマツカーサーラインの廃止、同月二八日の対日講和条約の発効を待つて再開されたが、当時の漁業法(昭和二四年法律二六七号)には、さけ・ます漁業を大臣許可制にする旨の条文はなく、同法六五条の委任に基いて制定された母船式漁業取締規制(昭和二七年農林省令三〇号)二条、六二条一項一号、同さけ・ます流網漁業取締規則(同年農林省令五二号)二条、二九条一項一号が、母船式並びにさけ・ます流し網漁業を農林大臣の許可制とし、右許可を受けないで操業した者に対しては、「二年以下の懲役若くは五万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」旨規定していた。他方右母船式漁業取締規則四三条は、母船式さけ・ます漁業の北緯四六度以南の海面における操業を禁止し、同四四条一項は、逆に北緯四六度以北の北太平洋(ベーリング海、オホーツク海及び日本海を含む)の海面における母船式以外のさけ・ます漁業を禁止し、同六二条は、右各条文に違反した者に対し前記無許可操業をした者と同様の刑罰を課する旨規定していた。

(二)  我国は、その後、対日講和条約九条に基づき、アメリカ、カナダとの間に、北太平洋の公海漁業に関する国際条約を締結し((一九五三年(昭和二八年)六月一二日発効))、同条約により、アメリカ、カナダ両国に対し西経一七五度以東の海域におけるさけの捕獲を自発的に抑止することを約した。更に我国は、一九五六年(昭和三一年)、ソヴイエト社会主義共和国連邦との間に右日本、アメリカ、カナダ間の漁業条約の適用区域外である西経一七五度以西の海域におけるさけ・ます漁業の規制に関していわゆる日ソ漁業条約を締結した。

(三)  漁業法は、一九六二年(昭和三七年)の改正により、新たに指定漁業制度を採用し、前述の如く従来農林省令により、農林大臣の許可制とされていたさけ・ます漁業を指定漁業とし、中型さけ・ます流し網漁業、中型さけ・ますはえなわ漁業、母船式さけ・ます漁業の三形態に分類してこれを直接漁業法五二条一項((及び漁業法五二条一項の指定漁業を定める政令(昭和三八年政令第六号)))による農林大臣の許可制とし、右条項に違反する者を、同法一三八条四号により、従前の省令の罰則より重い「三年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金に処する」こととした。そして右法改正並びに前記日ソ漁業条約発効後の両国による西経一七五度以西のさけ・ます漁業規制の現状に即応するため前記母船式漁業取締規制、さけ・ます流網漁業取締規則を廃止し、これに代つて、指定漁業の許可及び取締り等に関する省令(昭和三八年農林省令五号)を新たに制定した。右省令は前記母船式漁業取締規則四三条、四四条一項の規定を受継いで、その六八条が「中型さけ・ます流し網漁業の許可を受けた者は北緯四八度の線以北の太平洋海域においては、当該漁業を営んではならない」と、同七五条が「母船式さけ・ます漁業の許可を受けた者は北緯四六度以南の海域においては当該漁業を営んではならない」と規定しており、右各条文に違反した場合には同一〇六条一項一号が前記母船式漁業取締規則六二条の規定を受け継いで「二年以下の懲役若しくは五万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」旨規定している。

二、次に、これらの沿革を踏まえて現行の漁業法五二条一項違反罪と、指定漁業の許可及び取締り等に関する省令六八条違反罪の関係を考察する。

(一)  まず、日本、アメリカ、カナダ間の漁業条約締結前の法律関係について検討する。

現行漁業法五二条一項の前身である母船式漁業取締規則二条及びさけ・ます流網漁業取締規則二条各違反罪と、現行の指定漁業の許可及び取締り等に関する省令六八条、七五条の前身である母船式漁業取締規則四三条、四四条一項違反罪との関係は次の通りであつたと解せられる。即ち、

母船式漁業取締規則二条違反罪並びにさけ・ます流網漁業取締規則二条違反罪は資源保護のためさけ・ます漁業を一般的に禁止し、一定の場合に農林大臣の許可により禁止を解除することにした右省令の趣旨に則り、(i)漁業者が全く許可を受けないで操業した場合、(ii)ある区域の許可を有する漁業者が許可区域を越え、操業を禁止された区域で操業した場合に適用される。これに対して、母船式漁業取締規則四三条、四四条一項各違反罪は、さけ・ます漁業者が母船式、あるいは漁業の有効な許可を有することを前提として、取締の便宜から母船式漁業者と流網その他の漁業者とが入り乱れて同じ海域で操業することを防止するため、北緯四六度をもつて両者の境界線とし、互に右境界線を越えて操業した者を処罰しようとするものである。そして、当時における母船式漁業取締規則四三条、四四条一項の各違反罪の場所的な適用範囲は、その立法趣旨及び右四四条一項の(    )書きの記載に鑑みると、本件犯行現場を含む北太平洋全域に及んでいたと考えられる。

(二)  次に前記日本、アメリカ、カナダ間の漁業条約発効以後昭和三七年の漁業法改正までの法律関係を検討する。

我国は憲法九八条二項により、条約遵守義務を有しており、一般に条約はその発効によつて対外的効力を生ずるとともに、特別の国内立法を待たずに当然に国内法的効力を生じ、法律以下の諸法規に優先して国家機関及び国民を拘束するものと解せられるから、右条約発効後、農林大臣は、右条約により定められた西経一七五度以東の北太平洋海域でのさけ・ます漁業の許可をすることができなくなり、日本国民は全国的に右海域におけるさけ・ます漁を禁止されるに至つたのであるから、前項で検討した母船式漁業取締規則二条さけ・ます流網漁業取締規則二条の立法趣旨によれば、右条約の発効後は西経一七五度以東の全海域におけるさけ・ます漁に対し常に母船式漁業取締規則二条違反罪あるいは、さけ・ます流網取締規則二条違反罪が成立することになつたと考えられる。

(右条約九条は、「各締約国は、この条約の規定を実効的にするため、その国民及び漁船について違反に対する適当な罰則を伴う必要な法令を制定施行し、かつ、このことに関し自国が執つた措置の報告を委員会に送付することに同意する」旨規定されているが、条約発効後に我国において、条約区域内のさけ・ます漁業取締りのための特別な立法はなされておらず、前記母船式さけ・ます取締規則二条違反罪、さけ・ます流網漁業規則二条違反罪の運用により、条約区域内の違反操業に対処したものと考えられる。)

これに対して、母船式漁業取締規則四三条、四四条一項各違反罪の立法趣旨は、前述のとおり、母船式さけ・ます漁業と流網その他の形態のさけ・ます漁業との操業区域を取締の便宜から明確に区分し、一方の形態の漁業の有効な許可を有する者が、他方の形態の漁業にのみ許された操業区域に侵入して操業するのを防止することにあるところ、右条約の発効により、我国のさけ・ます漁業者が、その漁業の形態を問わず西経一七五度以東の海域において、有効な許可を得て操業する可能性は全くなくなつたのであるから、西経一七五度以東の海域においては右各条文はその存在意義を喪失し、右各違反罪が成立する余地がなくなつたと解せられる。

(三)  最後に昭和三七年改正後の現行の漁業法五二条一項違反罪と指定漁業の許可及び取締り等に関する省令六八条違反罪との関係を検討する。

既に詳述した通り、昭和三七年改正後の漁業法五二条第一項、漁業法五二条第一項の指定漁業を定める政令一項一三号は、沿革的には、母船漁業取締規則二条、さけ・ます流網漁業取締規則二条を受け継いだものであるから、西経一七五度以東の海域におけるさけ・ます漁については右条項につき前項で検討したと同様に、常に漁業法五二条一項違反罪が成立する。これに対して、指定漁業の許可及び取締り等に関する省令六八条、七五条は、前記母船式漁業取締規則四三条、四四条一項を受け継いだものであるから、右各条項につき前項で検討したと同様に、右省令違反罪は、西経一七五度以東の海域では成立しないと解せられる。以上の次第であるから、漁業法五二条一項、一三八条四号と指定漁業の許可及び取締り等に関する省令六八条、一〇六条一項は、弁護人が主張するような一般法と特別法の関係にはなく、本件犯行が右省令違反罪でなく漁業法違反罪を構成することは明らかである。

(四)  なお付言するに、本件に漁業法六一条(変更許可を受けない操業)、一三八条五号を適用する余地がないことは明白である。即ち、同法六一条違反罪は、許可を有する漁業者が許可権者である農林大臣において、変更可能な事項について、変更許可を受けることなく、許可外の操業した場合に成立すると解せられるところ、本件犯行の行われた海域は前述の通り、日本、アメリカ、カナダ間の漁業条約により農林大臣が、全くさけ・ます漁を許可できない区域であるから、漁業法六一条違反罪は成立しない。

以上の次第であるから弁護人の主張は採用しない。

よつて主文のとおり判決する。

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